2009年9月9日水曜日

kiriさんのブログ「滅びの丘の阿呆」にコメントした内容 Michael Jackson ♪Will You Be There?♪

「滅びの丘の阿呆」
マイケル・ジャクソンの宗教くささの特集
2009/09/08 (Tue)
http://nuevlxxxxrusfel.blog5.fc2.com/?no=152
マイケル動画が沢山貼ってあります。

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Michael Jackson - Will You Be There


注解させて下さい

kiriさん、別件では大変お騒がせ致しました。
kiriさんは深い洞察力があるので、きっとご理解頂けるのではないかと思います。
ホントにとんだ茶番を展開してしまいましたけど、どうかお許し下さいね。

・・・と、しおらしくここで退散せず、
kiriさんがマイケルを取り上げていらっしゃるなんて、これはもう黙ってはいられません。
また私の勝手な感想を書かせて下さい(kiriさんのブログを乗っ取る結果になるかも・・・)。

♪Will You Be There?♪

おそらく西洋の国々で、聖書に関連する信仰を持たなくても、この歌が非常に聖書的であることは常識として誰でも即座に理解すると思います。
Hold me /Like the River Jordan/And I will then say to thee/You are my friend
イスラエルとヨルダンの境界に位置するヨルダン川(流域)は、聖書で有名な数々の舞台として人々に愛され、記憶されている聖なる川です。イエス・キリストが3年間の宣教に入る前にバプテスマのヨハネから洗礼を受けた重要な川ですが、抽象的には「ヨルダン川を渡ることによって、人間の視点で世の中を見ていた過去の自分から、神の視点で物事を見る目を与えられるという、意識の転換」を意味します。"Thee"は格調高いと言われているKing James Versionの古典的訳で"You"を意味し、神に向かって呼びかけるときに使います。

Carry me/Like you are my brother/Love me like a mother/Will you be there?
When weary/Tell me will you hold me/When wrong, will you mold me/When lost will you find me?
神様、僕が困難のうちにある時に、友、兄弟、母、のように共に居て抱きしめ、正し、神から離れて自分を見失っている時にも僕を探し出して下さるって言って下さい。
(車の扉が開いているのはとても聖書的で、「神が心の扉を叩き、自分が内側にしかない取っ手を回して開いた=神に心を開き、信仰を受け入れた」という聖書の言葉と、有名な絵画から。或は、「天国の扉が開かれている」ことも象徴していると思います)。

But they told me/A man should be faithful/And walk when not able/And fight till the end/But I'm only human
みんな僕にどんな時でも誠実で信仰深く、倒れてもうダメでも立ち上がって歩き、戦い続けろと言うけど、僕はただの人間に過ぎないんだ。

Everyone's taking control of me/Seems that the world's got a role for me/I'm so confused will you show to me/You'll be there for me /And care enough to bear me
みんなが僕を支配し役割りを押し付けて、もう混乱して分からないから、神様が正しい道を示して下さい。いつも側に居て僕を支えて下さい(或は行くべき場所へ運んで下さい)。
(Hold me)(Lay your head lowly)(Softly then boldly)(Carry me there)
(Hold me)(Love me and feed me)(Kiss me and free me)(I will feel blessed)
(Carry)(Carry me boldly)(Lift me up slowly)(Carry me there)
(Save me)(Heal me and bathe me)(Softly you say to me)(I will be there)
(Lift me)(Lift me up slowly)(Carry me boldly)(Show me you care)
(Hold me)(Lay your head lowly)(Softly then boldly)(Carry me there)
(Need me)(Love me and feed me)(Kiss me and free me)(I will feel blessed)

In our darkest hour/In my deepest despair/Will you still care?/Will you be there?
人生の暗黒の時に絶望の淵にあっても、僕を気にかけて下さいますか。共に居て下さいますか。
In my trials and my tribulations/There are doubts and frustrations
試練や迫害の時に、疑いや苛立ちがある
In my violence/In my turbulence
暴力的な思いで大荒れの時、
Through my fear and my confessions/In my anguish and my pain
恐れのうちに告白する時、苦悶と痛みにある時、
Through my joy and my sorrow/In the promise of another tomorrow
喜びや悲しみに関わらず、約束された明日の訪れがあるから
I'll never let you part/For you're always in my heart
決して離れない、いつも私の心の中に居て下さるから
(天使がマイケルを抱いているのも新約聖書の中の象徴的な場面です。
イエスが十字架に架かる前に、何故、神が自分の愛する子どもにそのような試練を与えるのかを理解した上で、それでもやはり、何とかこの試練を私から取り去って頂けませんか?と祈った時に、天使が来て肩を抱いて共に苦しみを分かち合って、励ましてくれたのを再現しています。
こういうシーンは常識的にみんな知っていると思います)。

・・・と、いう感じで、クリスチャン達が毎日の祈りの中で、聖書の言葉を紡ぎながら神に話しかける時に、自然とわき上がってくる魂の叫びです。私も困難の中にある時はこんな風にお祈りしてました。
特別なことではなく、クリスチャン同士が共に、それぞれが声に出してお祈りをする時に耳に入ってくる言葉です。

マイケルが想像を絶する数々の困難に遭ったのに、長く正気を保てたのは、明らかに信仰心があったからだということが素直に理解できる歌詞ですね。マイケルは「祈りの人」だったと思います。神と同化する究極のエクスタシーを踊りながら全身で体験し、逆に、時には悲痛な、言葉にならない叫ぶような祈りも絶えず捧げていたのではないかと察します。マイケルは信仰に支えられ、信仰(エホバの証人は統一教会のようなカルトですので、神から捨てられる、拒絶される恐怖)によって翻弄もされたのではと。

子供達を連れて、外国人が多く集う渋谷の教会に通っていた頃、このコンサートを小さくしたような
ゴスペル集会が毎週行われていました。
動画は教会のゴスペルコンサートそのまま、という感じです。

聖書はおそらく7〜8割は操作のために編集されたものだと考えていますが、残りの2〜3割には、この世のどんなものよりも高次元な真理が「隠されている」と私は最近考えるようになってきました。
砂の中にダイヤモンドの原石を探すようなものですが、その価値があるのではないかと。。。
地獄の底まで危険を覚悟の上で分け入り、究極の「何か」を探しに行くようなもの。当然、帰り道を見失って捕われてしまうかも知れないけど、それでも死をも承知で前進する感じかな。
あ〜、また祈りの日々に戻ろうかな。。。

長過ぎたら、適当に削除して下さい、kiriさん。

もしも許されるなら、また続きを書いても宜しいでしょうか?

追記:この歌詞はゴスペルとしてそのまま教会で歌っても何の問題もないくらい完璧な曲です。さすが、奴隷の苦渋から生まれた黒人ゴスペルの血を人種的に受け継いでいるマイケルならではだなぁと思います。
また、"Thee"(You=GOD...マイケルにとってはJehovah エホバ)だけではなく、You=Fanでもあって、性的虐待疑惑訴訟のような絶望の底でも、
「一緒に居て(苦しみを理解して)僕を見放さないでくれる (Will You Be There?)」
という願いや感謝も込められているようにも取れるので、Fanが益々マイケルを愛さずにはいられないのだと思います。
あと、体験しないとなかなか理解できないのですが、信仰者がこのように礼拝や聖会で会場賛美をする時は、本当に「聖霊の満たし」つまり、とてつもなく大きな清い霊的な何かに包まれる感覚に浸されるんです。究極の恍惚感とでも言うのか、万物全てと同化する感覚。これが受容量を超えたり、自分を解放でき過ぎちゃうと失神したりします。
マイケルはこの波動を生み出す「媒介」に自然となれた人なのだと思います。 ・・・何か、教会の説教みたいでごめんなさいdesu。

2009/09/08 23:42 | 秘目麿呂 [ 編集 ]



すごくすごく嬉しいコメントありがとう。

続きが書きたい時はどうぞ。
好きなときに好きなだけ。
秘目麻呂さんのマイケルや聖書の話は聞きたい人がいると思います。
今も、これからもね。
>kiriさんのブログを乗っ取る結果になるかも・・・
乗っ取ってもOK。
絵を一つ載せれば僕のブログに元通りです。

>動画は教会のゴスペルコンサートそのまま、という感じです。

!たしかに!
こういう基本的なところも普段触れていない文化だと気付かないものですね。

2009/09/09 00:54 | kiri [ 編集 ]

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