2009年9月22日火曜日

Erich Fromm "Escape From Freedom" : エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』と権威主義的パーソナリティ(サディズム・マゾヒズム)




ジョ ン・ロックやジャン・ジャック・ルソー、ジョン・スチュアート・ミルなどの民主的な啓蒙思想によって、自由主義や民主主義(デモクラシー)は近代国家 の政治体制を動かす中心的理念となった。しかし、依存心・従属心の強い民衆は、必ずしも自由主義や民主主義に賛同するとは限らず、強大な権力を握って民衆 の生活を豊かにしようとする独裁的な指導者(政府)を拒絶するとは限らない。何故なら、民衆の多くは「偉大な理想(普遍的な理念)」よりも「明日の生活(現実的な利害)」を重視するからであり、「個人の自由(主体的な人生)」よりも「家族の幸福(保護された人生)」に誘惑されやすいからである。
強 力なリーダーシップを発揮できる人物(政治団体)に絶対的な権力を与えて、国民(大衆)が投影同一視の心理機制を用いれば、国民とその指導者や政治団体 は心理的な同一化を起こすことになる。単一の権力や権威、イデオロギーに従属する国民同士にも強烈な連帯感と協働性が生まれるので、個人の自由を批判的に 取り扱う依存的な国民が増えればファシズムへと転嫁しやすくなるのである。
権威主義(authoritarism)と は、政治的・社会的・歴史的に優越性(価値性)が認められた既存の権威や権 力に無条件に従うことで利益を得ようとする考え方のことである。権威主義者は、自分より上位にあると認める社会的権威や政治的権力、支配的価値観に対して 卑屈で弱腰であり、勝ち馬に乗ることを信条として『寄らば大樹の陰・長いものには巻かれろ』の格言に示される従属的な態度を取る。しかし、その一方で、自 分より下位にあると考える社会的弱者・政治的マイノリティ、周縁的価値観(サブカルチャー)に対して傲慢不遜で威圧的であり、権力(財力)や権威を何も持 たない社会的弱者を侮蔑している。
エーリッヒ・フロムは、「自由からの逃走」を導く性格特性として権威主義的パーソナリティ(authoritarian personality)を考えたが、権威主義に同調的なパーソナリティ(人格)は「自分の自由」よりも「権威への従属(忠誠)」を重視するのである。フロムは権威主義的パーソナリティを、「強者への服従・弱者への攻撃」を特徴とする社会病理であり病理的性格構造であるとした。個人の自由や権利を抑圧する絶対的権力を熱狂的に支持する無力な大衆は、権威主義的パーソナリティの特徴を持っており、サディズム(嗜虐性癖)やマゾヒズム(被虐性癖)の心理機制とも類縁性があるとされる。
他者の苦痛や支配に快楽を見出すサディズム(sadism)は、「実存的な孤独(他者からの疎外)」に耐えられないという意味で、自分に従属してくれるマゾヒストに依存している。自己の苦痛(侮辱)や服従に快楽を見出すマゾヒズム(masochism)も、「実存的な孤独(自由な日常)」に耐えられないという意味で、自分を支配してくれるサディストに依存している。以上のことから、サディズム(政治指導者)とマゾヒズム(大衆)に共通する特徴として、無力感・無意味感を伴う孤独状況に耐えられない依存欲求の強さを考えることができる。
「自由からの逃走(他者への自発的服従)」の原因となる「権威主義的パーソナリティ・サディズム・マゾヒズム」を持つ人たちは、「個人の自由(主体的に選択する人生)」を実現するための大きな自己責任を負うことができない。フロムは、破滅的な社会病理の様相を見せる権威主義的パーソナリティやサディズム(マゾヒズム)に誘惑されない為に、「生産的な生活・他者への愛情・個人の自由の尊重・人間性の肯定」が大切であると主張した。
個々人の幸福や自由を尊重する「人道主義的な倫理」を 全体的な利益を追求する「権威主義的な理想」よりも重視 したフロムは、国民一人一人が「自由からの逃走」を否定する生産的(創造的)な生活と主体的な責任感を持つことで、全体主義(個人の道具化・社会の機械 化)の悲劇を回避できると考えた。依存心や逃避欲求を持つ私達は、自由主義の責任感と個人主義の孤独感に耐え切れなくなった時に、権威主義的パーソナリ ティを持つようになり「絶対的な権威(中心的な価値観)」や「他者との一体感(数の論理)」に従属して自分の人生の自由を放棄してしまうのである。


amazon.co.jpのレビューから
5つ星のうち 5.0 自由を奪ってくれるものへの憧れ, 2006/9/16
『自由は近代人に独立と合理性とをあたえたが、一方個人を孤独におとしいれ、そのため個人を不安な無力なものにした。この孤独はたえがたいものである。 かれは自由の重荷からのがれて新しい依存と従属を求めるか、あるいは人間の独自性と個性にもとづいた積極的な自由の完全な実現に進むかの二者択一に迫られる。

宗教や国家主義も、まことに馬鹿げた他の習慣や信仰と同じように、もし個人を他人と結びつけさえすれば、人間のもっとも恐れる「孤独」からの避難所となるのである。』

『人間に残された道は、愛や生産的な仕事の自発性のなかで外界と結ばれるか、でなければ、自由や個人的自我の統一性を破壊するような絆によって一種の安定感を求めるか、どちらかということである。』

宗教、イデオロギー、カリスマ占い師、御主人様…… 
何であれ、自由を奪い去り、重荷を取り除いてくれるものへの憧れ

麻原に従った人間は、決して特殊な人々ではない。
あなたも、威圧的な命令をしてくれる存在を求めているのでは。

amazon.com customer review
5.0 out of 5 stars A Definite Piece of the Puzzle - A Book To Be Read, October 6, 2003
By
R. Schwartz (United States) - See all my reviews
(REAL NAME)   
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An amazing book that pieces modern society starting from the medieval to the renaissance and reformation, that is, from a well defined structured and fixed group identity, fixed meaning to life, determined purpose to life and the here after, to that of the existential, capitalistic and monopolist society that has produced radical individualism with the type of freedom producing severe loneliness, separation and the need to alleviate such emptiness, which has been fulfilled by illusionary means.

Fromm relates a major piece of Western civilization's struggle in the ability to see the correlation between the medieval, secure, self-employed society to that of the Renaissance, an elite aristocracy employing the masses as dependent employees, commodities under a new capitalistic society. It was here only the limited rich could prosper in creativity, while the masses existed in a new existential despair. And so Luther, and later Calvin, devised new forms of Christianity, existential types, to aid these new psychological needs of the masses in accepting this change from security to exploitation.

Fromm goes both into the psyche of man, the nature of societal structure, the development of western civilization and need for security and certainty to that of either authoritarian rule, internal conscious rule or the invisible rule of democratic conformity to public opinion, or automation.

Basic Masochistic/Sadistic desires of man from the extreme, to what is considered "normal" has been seen in the forfeit of the individual self into totalitarian control, capitalistic profit and religious and social concepts that attempt to fill the void of separateness without keeping the self.

Fromm ends his book in what the positive traits of what Faust would be: that of spontaneous living, not compulsive living, but in positive affirmation and movement, in the process of life, not the results, the experience of the activity of the present moment. I couldn't agree more.

3 社会的失認の20世紀 http://sacral.c.u-tokyo.ac.jp/~ken/ja/texts/shitsunin.html

このような疑似失認現象が社会的に起きることを、社会的失認とよぶことにしよう。20世紀を席巻した二つの社会的失認をこれから考察する。その双方に共通しているのは、固有性感覚の喪失である。
第一の社会的失認は、戦時におきた大量虐殺を可能にした心理状態にみられる。フロムは、主体性を放棄し、服従することに喜びを覚える心性がナチズムを勃興 させたという分析を行ない、その背景にあるのが、権威主義的パーソナリティーというサディズム(S)とマゾヒズム(M)の表裏一体の心理であるとみなし た。この性格構造は、社会的失認という造語より先に神経症としてしっかりと分析されてきた。しかし、フロムにおいても、SM的な心性が神経症なのか正常な のかは、彼らがおかれている社会的状況のなかで果たさなければならない仕事や、文化において現存している感情や行動の型によって左右されるとみなしてい る。
ここで、前節で行なったように、SMという失認現象を「失認」として捉えるのではなく、一種の正解として捉えることにしよう。
マゾヒズムの特徴は、他者に服従し依存することによって、他者と同一化しようという欲望をもっていることである。サディズムも、全く逆なように見えて、全 く同様に他者に依存している。自分の外部のものとの同一化を果たそうという志向性は、自由になり主体性を求められることから逃走することによって現れたの である。
このような同一化への志向性は、ナチズムばかりでなく、恋愛至上主義、友情至上主義、国家至上主義などのあらゆる至上主義に応用可能である。結局のところ これらは、コミュニケーションが不全に陥ったときに、至上なものと同一化することによって、他者の他者性というものを失わせてしまう機能をもっている。他者(恋愛対象、友情対象、国家)は具体的に存在するものであるにもかかわらず、抽象化され、理想化されてしまう。こうして、他者とコミュニケーションをす ることを回避して、空想の他者と疑似コミュニケーションをすることによって問題を解決する。
20世紀は、恋愛などのミクロな社会関係から、国際関係などのマクロな社会に至るまで、このような他者への同一化による至上主義が跋扈した時代だといえよ う。他者への賛美と陶酔は、あたかも他者を理解しているようにみえて、極めて独我論的である。フロムはそのような恋愛を二重の利己主義といっている。
第二の社会的失認は、市場主義という交換方法のグローバル化によって起きた。柄谷行人は、交換が固有性を奪い、一般性を生起させると分析した。貨幣の価値は交換価値である。交換によって、世界に唯一の固有性をもったものは、一般的な価値によって代替されてしまう。
市場主義によって一元的価値で社会が覆い尽くされたから起こったのではなく、固有性を失わせていく社会的失認が市場主義を勃興させたのである
交換によって起こる社会的失認をより深く分析しよう。私が赤ん坊のときに生まれてはじめて車のおもちゃを触ったとしよう。私はそれがお気に入りで、「ブー ブー」という名をつけ、傷痕がつくまで日夜遊んでいた。あるときブーブーはまったくの新品になっていた。親が買い換えてくれたのである。はたして、それは 「ブーブー」なのか? これが人間の脳および認知が固有名詞をどのように扱うかという問題なのである。親にとってみれば、二つの商品は交換可能なものにし かすぎず、車のおもちゃは一般名詞なのである。しかし、「私」にとっては、「ブーブー」というおもちゃは固有名詞なのである。
はじめ反抗をしていた私も、次第に新しい「ブーブー」に慣れていき、やがて「ブーブー」は私にとって一般名詞になる。細かい傷痕や、車の色、形などが次々 と些少化されていき、大量の外延が「ブーブー」として認知されていく。これは、失認なのだろうか? 普通、人はこれを学習とよび、正しい使い方を覚えたというだろう。
ある人にとって大切なものは、違う人にとって必ずしもそうとは限らない。人間関係や生命も同様である。生命の価値は対等ではない。それは客観的ではなく、「だれにとって」という視点がはいってしまうからである。
チューリングテストというのがある。機械の知能を判定する有名なテスト方式なのだが、このテストでは、判定者が人間でなければならない。ある判定者にとっ て被験者(機械)は機械だが、違う判定者にとっては人間であることもある。では、テストが始まる前に誰かがこれは機械だと正解を用意しておくことに何の意 味があろう。それだってチューリングテストで決めねばならない。
機械と人間の境界がそのようなものでしかありえないのであれば、人間が疎外されるというのは、非常に自然な現象なのである。
これらの2つの社会的失認は、社会関係の連鎖が原因という共通点がある。同一化失認は自他を同一化し、交換失認は他者同士を同一化する。いずれにしても他者の概念を融解させる装置として働き、社会的に他者を失認させるのである。(反対に自閉症や幼児には社会的な原因でないこともある)

Dependence
Erich Fromm Interviewed by Mike Wallace (1 of 3)
Erich Fromm Interviewed by Mike Wallace (2 of 3)
Erich Fromm Interviewed by Mike Wallace (3 of 3)
Erich Fromm Interview Excerpt
Erich Fromm Interview Excerpt 2
Erich Fromm Interview Excerpt 3
Erich Fromm Interview Excerpt 4
in the last part 3:51 of "Erich Fromm Interview 4"

Interviewer : "Is there any way in cooperating the fear of death, discharging in the being mode? In short, is there any possibility that since death is inevitable, It need not be freared?"

大意訳です
「死は免れられないものだけれど、恐れる必要がないという理由付けはできるのでしょうか。」

Fromm : "I think there is. If all that matters to me that I am that is to say, I see, I feel, I have nothing to lose, because nothing I have is important. It will one day stop, I had a wonderful time being born and living through many years, it'll stop out of neccessity, in which I am one with the whole of nature, but I don't think there is much fear of death there because there is as I said, no fear of loss."

「できると思います。見たり感じたりして私を実存付けているものは、結局大して重要ではないのだから、失うものなど何も無いのです。
いつかこの命は止まってしまうけれども、生まれてからこれ迄何年も素晴らしい時を過ごしてきた。命が絶たれるのはその必要があるからであって、それは私が自然の一部だからだ。すると、そこには死の恐怖などない。何故なら、失う恐れがないからだ。」
 


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 「人間も自然の一部だと常に自覚することが大切」
エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』『愛すること』他数冊は、23歳の頃に社会構造や人間愛などに疑問を抱いて読んだ覚えがあるが、あの頃は自己変革までは到達できなかった。今、再度読むことでどの程度吸収できるのか興味深い。
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Escape From Freedom Erich Fromm 1



Michael Jackson - Man In The Mirror ・・・as a background music while reading this article・・・maybe・・・

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